東洋船舶株式会社「大規模言語モデル(LLM)で海事産業のDXと業務品質の向上を実現」
本セッションには東洋船舶株式会社 大熊社長と技術本部 海工務部 加藤部長をお招きして、弊社と進めていただいている「AI番頭」プロジェクトについてお話します。大規模言語モデル(LLM)を用いた技術をいかに専門性の高い海事産業の業務に適用してきたのかを中心にご紹介します。
海運ビジネスで幅広いサービスを提供
筒井:まずは東洋船舶株式会社様について、大熊社長にご紹介いただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
大熊:弊社は、1988年に総合商社・三井物産のグループ会社として誕生しました。世界61カ国に125以上の事業所を持つ三井物産の強力なバックボーンをもとに、船舶関連ビジネスのトータルソリューションプロバイダーとして、30年以上にわたり専門性の高いサービスを提供しています。
提供するサービスは用船仲介、運航サービス、中古船売買仲介、舶用機器売買、新造船の建造監理、技術コンサルティング、金融、監査、ITシステムなど多岐にわたります。
目標は、海運マーケットにおいて常に存在感を示し選ばれ続けるプレイヤーとなり、市況やトレンドに合わせた提案を行い新しい価値を創造し続けることです。さまざまな分野に挑戦し、顧客から必要とされるパートナーであり続けることが当社の理念であり使命でもあります。
船舶の運航に必要不可欠な専門職「番頭さん」
筒井:ここからは「AI番頭」プロジェクトについて伺いたいと思います。まずは海事産業における番頭の役割からお聞かせいただけますでしょうか。
加藤:一般商船・海運の世界においては、船を所有するプレイヤーを船主、その船を賃借し荷物を運ぶプレイヤーを用船者と呼びます。
番頭さんは、船主業におけるさまざまな業務の顧問役、相談役に相当する人材の総称です。用船契約にまつわる条件や運航に関わる船主判断に対して、自身の知見や経験に加え、船主と用船者の関係性、歴史的背景などを踏まえ幅広いアドバイスを行います。「生き字引」「知恵袋」的な人をイメージいただければ良いかと思います。
筒井:番頭さんをとりまく課題にはどういったものがあるのでしょうか。
大熊:まず、番頭の業務を行うには高い専門性が必要です。そのため特定の方に業務が集中し、属人化することがしばしば起きてしまいます。
次に、さまざまな判断には豊富な経験と知識も求められます。契約の際の条件一つをとっても、船が運ぶ荷物、航路、荷物を揚げ降ろしする港、紛争や海賊を含めた各国の世界情勢といった多様な要素を考慮したうえで、過去に締結した契約条件、マーケット情勢、船を保有する期間の運転資金も頭に入れながら判断やアドバイスをする必要があります。こうした業務を担当できる人材は残念ながら減少の一途をたどっているのが現状です。
3つめに、考慮すべきルールが多く、情報をキャッチアップする手間が非常に多いという点があります。国際ルールだけでなく現地の規則や情勢、いわゆる制裁リストといった情報についても考慮する必要があります。これらの情報は常に更新されていますので最新の情報にアクセスする必要がありますが、情報収集にはさまざまな手続きが必要となっています。
膨大な情報から質問の回答を適切に抽出、要約
筒井:先ほど伺った課題認識に基づいて、「AI番頭」は具体的にどのようなものなのでしょうか?
大熊:番頭さんを支援するAIとして、業務に必要な膨大な情報に簡単・便利にアクセスできるチャットツールです。
知りたい情報をチャットに打ち込むだけで求める回答を生成してくれるというもので、専門的な質問にも答えてくれるような精度に仕上がっています。当初は必ずしもチャット形式を志向していたわけではなかったのですが、船主さんとの対話を重ねた結果、最終的にチャットツールとして開発することにしました。
JDSCさんには構想の初期から検討に入っていただき、PoC、本開発を経て、2024年10月から実際の船主さんに使っていただくための製品リリースをいたしました。具体的な使い方は実際の画面を用いて加藤から説明したいと思います。
加藤:ユーザーは画面下の入力欄に質問を入力します。入力は日本語でも英語でも、どちらでも構いません。
質問文を入力すると、15~20秒ほどでAIがデータを収集、抽出します。すると画面左側にAIが取り出した情報から概要をまとめた簡易的な回答、右側にはその情報がどこからきたのか、引用元の詳細情報が表示されます。クリックすると回答を生成するのに用いた情報そのものを呼び出すことができます。
検索のための情報をユーザー自身がAI番頭に読み込ませることも可能です。ドラッグアンドドロップもしくはスクローラーからファイルを呼び出して、PDF、ドキュメント、エクセル、メールといった文書ファイルを読み込ませます。
筒井:ありがとうございます。大変イメージが湧きました。冨長さん、JDSCとしてLLMを用いたプロジェクトへの取り組みは、どのような状況でしょうか?
冨長:昨年頃からご相談を受けることが多くなり、現在も並行して複数の開発が並行しています。中でも「AI番頭」は、実務とのコラボレーションが活きた好事例として認識しています。
LLM活用の好例としてAWSサミットで評価
筒井:エンジニアとしての立場からは、今回のプロジェクトで用いられている技術、アーキテクチャについて、どのように特徴を捉えているでしょうか?
冨長: 2つの技術的なチャレンジがありました。
1つは、多岐にわたる形式のデータからいかにして必要な情報を引き出すかということです。普通のテキストであればそのままデータとして読みこむことができますが、PDFのように文字も画像も含むファイルから情報を抽出することは技術的な課題でした。また、過去の契約書の中には取り消し線で修正・更新されている箇所がありますが、文字情報として残っていました。これを古いものとして判別し無視しなくてはなりません。
もう1つは、膨大な参考情報を適切な量と精度で回答できるかということです。質問に関連する情報をたくさん引き出してくることはもちろんできるのですが、大量の資料を並べるだけではこれまでと変わらず、属人的なノウハウがないと必要な情報を拾うことができません。かといって簡潔にしすぎると情報が足りないことや、間違っているときに補完できないおそれがあります。
これら2点を解決するため、生成AIの一種であるLLMを利用しました。検索ワードを生成する考える工程と、検索結果を要約して表示する工程にLLMが使われています。
LLMのバックグラウンドには船舶情報や海域情報などさまざまなデータベースがございます。外部サイトとの連携、さらにユーザー自身で情報を追加登録する機能も備えているので、必要な情報を適宜更新できます。ユーザーから質問を受けると、LLMが質問の意図を解釈して検索ワードを作成し、データベースから関係しそうな情報をリストアップします。次に、もう一度LLMを使い、リストアップされた情報から適切な量と質の情報を選んでチャット画面に表示します。
筒井:LLMの活用で苦労した点、工夫した点はありますか?
冨長:LLMのモデル選定と、検索、結果要約の各フェーズにおいてそれぞれ工夫を重ねました。
まずLLMの選定にあたってはAmazon Bedrock で提供されているClaude3と、ChatGPTに使われているGPT-4と精度比較を行いました。Claude3はトークン数がGPT-4よりも大きかったため、検索結果を広く獲得することが可能でした。プロンプトへの追従性も高く、専門用語を扱いやすい点も評価できました。さらにClaude3にも複数の種類があり、必要に応じて使い分けることで運用コスト面でも優位性があったため採用しました。
検索のフェーズでは、データソースが多岐にわたるため、質問文の入力に加えて利用者がデータソースを絞り込むことで精度と応答速度を向上できるようになっています。またPDFからもテキストを抽出して検索ができます。
結果要約のフェーズにおいては、どの船について質問しているのか、利用者はどの組織に所属しているのかということからも参考にする資料が変わってきますので、質問文から該当する船名を取得し、そこからさらにしぼりこんでプロンプトを作成します。表示された情報ソースには直接アクセスできるようになっています。取り消し線のような特殊な情報を除外するために、OCRの使い方も工夫しております。
なお本取り組みは先日のAWSサミットにおいて、Amazon Bedrockを活用することで専門的な問い合わせの回答時間を97%短縮している事例として紹介されました。Amazon Bedrockで先進的な事例として認知されていることは大変光栄なことです。
ユーザーのニーズに応えつつ海外展開も視野に
筒井:すでにユーザーへのご紹介が進んでいるとのことですが、どういった反応が得られていますか?
加藤:いずれもポジティブな反応を得られています。海事は伝統的な産業ゆえ、デジタル化やAI導入に対しては慎重な方も多いのですが、デモ画面をお見せすることで、業務に役に立ちそうだというイメージを直感的に感じていただけるようです。リリースして間もないですが、導入が具体的に進んでいる案件が多くあります。
筒井:素晴らしいですね。大熊社長はこういった製品のラインナップが増えることについて、どのように捉えられていますでしょうか?
大熊:番頭さんの代替手段たりうる高度なコミュニケーションが期待できますし、より短時間で理解を深めることで先んじて対策を打つことが可能となります。「AI番頭」によって、世界の海運・造船業をよりリードしていくというのが我々のゴールになります。
筒井:最後に今後の展望を伺いたいと思います。まず、加藤部長は今後、どのようにこのプロダクトを育てていきたいとお考えでしょうか?
加藤:すでにお使いいただいているお客様から、機能拡張、追加のご要望などをいただいております。まずはお使いいただいているユーザー様の期待に応えられるものづくりをしっかり行い、そのうえでAIの精度向上や検証に継続的に取り込んでいくことが必要だと思っています。
また、現在は主に国内の船主様をターゲットに動いていますが、これらのサービスのニーズは世界共通ですので、海外への拡販も進めていきたいと考えています。その中で新たなユースケース、ご要望をとらえて、AI番頭に次ぐ新たなサービスについても考えていきたいと思います。いずれもJDSCさんとは協議を重ねてきていますので、また新たなニュースが出せれば良いなと思います。
筒井:ありがとうございます。続いて大熊社長、このプロジェクトが東洋船舶様、ひいては海事業界全体に対して、どのような意義を持つようになると期待されますか?
大熊:海事産業は伝統的な産業ゆえにデジタル化の遅れなどが指摘されやすい業界ですが、その中で先陣を切って事例を作れたことは、業界全体としても勇気づけられるのではないかと思います。
弊社は、人々の生活スタイル、経済の仕組み、技術やビジネスモデルの変化・進化のスピードがさらに速まる時代において、絶えず変化・成長し、船舶業界の発展のために挑戦し続けることをお客様にお約束しています。まさにその姿勢を代弁するような案件を創り出せたことを誇りに思います。
この成果をしっかり花開かせることはもちろん、こういった新たな取り組みを今後も行っていき、他の産業の目標となるような、「輝く未来」を創造していきたいと思います。
筒井:ありがとうございます。楽しみなプロジェクトに携わることができて、JDSCとしても光栄に感じます。
本日はありがとうございました。
■東洋船舶株式会社 代表取締役社長
大熊 一宏 氏
1995年三井物産株式会社入社。長年にわたり日本国内外の船舶ビジネスに従事、本邦船主の運航船隊の規模拡大に尽力するとともに、総合商社としてグローバルな海運ネットワークの構築に貢献。2023年には用船関連総合サービスの提供等、幅広く船舶関連ビジネスを手掛ける東洋船舶株式会社(100%子会社)の代表取締役に就任、現在に至る。
東洋船舶株式会社 技術本部 海工務部 部長
加藤 友紀浩 氏
2015年東洋船舶入社。LNG船建造プロジェクト、国内外バルクキャリア建造プロジェクト等の技術プロマネ業務に従事し、2020年4月より海工務部 部長に着任。船主業務支援、社内外への情報発信、船主向けサービスの構築に取組み、現在に至る。
■株式会社JDSC 執行役員
冨長 裕久
■株式会社JDSC
seawise株式会社 代表取締役 筒井 一彰
文/大貫翔子
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