株式会社STNet「四国電力グループSTNetにおけるデータ活用の取り組み」
本セッションでは株式会社STNetの上席理事である吉本 浩二 経営企画室長と西山 賢 経営企画室 新規事業開発部長にお越しいただき、JDSCと株式会社STNet様がクラウドを利用したデータ分析基盤の構築と人材育成をテーマに取り組んだ先進的な事例をご紹介します。
西日本最大規模のデータセンターを運営
橋本:今回データ基盤の構築でトレーニングをしたご縁で登壇させていただきます、橋本です。お二方の自己紹介からお願いできますでしょうか。
吉本:STNetの吉本と申します。経営企画室の室長をしており、中期戦略の策定から既存事業の強化、新規事業の開発、新技術の研究開発などを行っています。
西山:経営企画室の西山です。私はシステム開発、研究開発を経て2022年から新規事業開発の担当をしております。
吉井:それではまずSTNet様のご紹介をお願いいたします。
吉本:弊社は四国電力の100%子会社でして、今年設立40周年を迎えました。本店は香川県高松市にあり、四国内に複数の事業所、品川に首都圏営業部がございます。
主な事業内容は情報システム開発事業、プラットフォーム事業、通信事業の三つです。そのうち、プラットフォーム事業では、西日本最大規模を誇る「Powerico」というデータセンターを運営しております。
Powericoは香川県高松市の自然災害に少ない場所に位置しておりまして、日本データセンター協会(JDCC)が定める評価基準の最高水準ティア4に準拠しております。また、金融情報システムセンター(FISC)が定める安全対策基準にも適合した高い信頼性を持ったデータセンターです。電力には再生可能エネルギーを使い、脱炭素も推進しております。
この中には「UDON(うどん)ルーム」と呼ばれる監視ルームがあります。名称は「Ultimate Data OperatioN」の頭文字をとったもので、データセンター技術者、クラウド技術者、通信技術者がデータセンター全体からサーバーラックまで監視しています。
パブリッククラウドの活用を目指したフィジビリティスタディ
吉井:今回プロジェクトを実施することになった背景をお聞かせください。
吉本:弊社では急速に変化する事業環境を踏まえて2023年3月に新しい戦略を策定いたしました。その中期戦略において、事業ポートフォリオの革新を目指し、挑戦領域として新規分野とクラウド分野に資源を投入することにしております。
新規分野では、データドリブン社会の本格化を踏まえて、データ分析などのデジタル技術を駆使して既存事業で蓄積した顧客基盤、設備、ブランドといった強みを最大限に活かしながら日常生活をより快適・便利にするネットを活用したサービスや、業務のデジタル化支援サービス、地域社会の課題解決サービスなど、暮らしやビジネスを広げることに寄与する分野を開拓していくこととしております。
クラウド分野においては、重要なデータは国内のサーバに保存し、先進的なAI、データ分析はメガクラウドを利用する、ハイブリッド形態に対応できるよう、Powericoを活用してハイブリッドクラウド展開を進めることとしております。
吉井:ハイブリッドクラウドとはメジャーな用語なのでしょうか? もしくはSTNet様が定義されているものでしょうか?
橋本:構想はありますが実際にできる人がいないといいますか、勇気と手段がなくてなかなか実現されないのが現状です。オンプレミスからパブリックのクラウドにデータを出すことに関しては、機密性が高く重要なデータを扱うからこそ気を遣わなければなりません。オンプレミスのシステムをそのままクラウドに移行するリフト&シフトという手法もあるのですが、双方のいいところどりをするのには難しさが伴います。STNetの皆さまが実現されたことは素晴らしいと思います。
吉井:本当にチャレンジングなプロジェクトだったのですね。それでは具体的な内容をお聞かせください。
西山:まず背景として、近年、AIを含むデータ分析技術の進歩により、大量かつ画像等の複雑なデータを組み合わせて即時処理することが可能になったことで、データから価値を創出する可能性が飛躍的に高まっています。当社ではこのデータ分析に関連する事業として、得意分野であるデータ分析基盤の提供やそこから派生するデータ分析支援といった事業の検討を進めています。
検討にあたっては、まず大きく二つのテーマを設定いたしました。
一つは、データ分析に関する知見の習得です。データ活用はデータを用いて業務の効率化や生産性向上などデータをビジネスに役立てることを目的に行われるものです。一方でデータ分析の目的は情報の中から新たな知見を獲得することにあります。
そのため分析した結果から得られた知見をビジネスに活かす取り組みを重要な要素としてとらえ、一連のデータ分析のプロセスを経験して知見を習得することといたしました。
二つ目は、基盤構築とハイブリッドクラウドの検証です。機密性の高いデータをオンプレミスの自社サーバで管理、データ処理はパブリッククラウドが提供するAI、マシンラーニングなど最新技術を利用する、ハイブリッド型のクラウド基盤に着目し、具体的なユースケースの検証を行うことで、ワークロードの特性に応じた使い分けや、アプリ、インフラの構築・運用を行うにあたっての知見を取得することといたました。
吉井:ハイブリッドクラウドに着目されたのはなぜだったのでしょうか。
西山:お客様が抱える課題に応えるためです。
気密性の高い重要なデータは社内のルールの関係からパブリッククラウド上に保管することが難しいケースがあります。一方で保有するデータの利活用を目的にパブリッククラウドが提供する高度なAIやデータ分析機能を利用したいという要望があり、二律背反の状況となっています。
このように、経済合理性の面だけでは決められないデータの機密性を考慮しつつ、高度な機能を持つパブリッククラウドを活用するための方法として、重要なデータは弊社のPowericoに保管し、データ処理に必要となるスケーラビリティの確保やデータ分析などの高度な機能はパブリッククラウドのサービスを利用する、それぞれの長所を生かしたハイブリッドクラウドという形態が考えられます。
また、システムを階層化してフロントのシステムにパブリッククラウドを、バックエンドのシステムにオンプレミスを使う形態や、パブリッククラウドとオンプレミスを組み合わせてシステムの冗長性や耐バースト性を高めた形態での活用も想定されます。
そこでJDSCさんにサポートいただき、ハイブリッドクラウドに関するフィジビリティスタディを実施することとなりました。
社内の業務課題をテーマにハイブリッドクラウドを構築
吉井:フィジビリティスタディではどのようなテーマを扱ったのですか?
西山:社内の業務課題から抽出されるテーマを元にしたデータ分析を中心に、一連のデータ分析プロセスを経験いたしました。
具体的には、弊社の個人向け通信事業における業務課題を元にした顧客データの分析です。クロスセルや新規獲得や解約防止といった観点からの顧客情報を主なテーマといたしました。
こちらが今回のフィジビリティスタディで実現したハイブリッドクラウドの構成です。
取り組みの狙いとなったハイブリッドクラウドを使ったデータ分析基盤の構築や利用技術についての知見も、実際に手を動かして実装することで、クラウド利用における技術の一つであるインフラ構築を自動的に行うことや、コンテナ、サーバーレスアーキテクチャといった新たな技術についても触れる機会をいただきました。
詳細な技術は橋本さんからご説明いただきたいと思います。
橋本:個人的に注目しているのは、大規模データの高速演算処理の部分です。このようなケースではパブリッククラウドのような大きな規模で分散処理するのが適切で、かつ使い続けるためには安価でできることも重要です。この点について、STNet様が日頃からデータセンターを運用されていることもあり、PoCの段階から運用目線で考えながらシステム構築ができたのが良かったと思います。
データセンターは非常に堅牢ですが、即時にサーバを1,000台増やすのはやはり厳しいです。一方でグーグルクラウドに代表されるパブリッククラウドであれば、1時間だけ1,000台借りることが可能です。裏側ではBigQueryによる分散処理が行われています。継続的リソースを抱えるのではなく、一度データを送って加工して戻す手法を採用したことで、総合的なコストダウンにもつながりました。
吉井:今回検証から一緒に始めさせていただいたのですが、検証ポイントはどういう点にあったのでしょうか。
西山:データ利活用の人材育成ということもあり、まずはパブリッククラウドの高度な機能をどう使いこなしていくかという点がありました。今回利用したグーグルクラウド上で提供される機能の利活用方法を主に習得しようと考えました。
そもそもハイブリッドクラウドがうまく動くものなのかも確認したかったという点もあります。検証してみて、実務に活用できるという見通しができたというのは大きな成果になりました。
橋本:一度パブリッククラウドにデータを転送するという工程がネックになるため、使い続けるという側面では、データ転送のスピードが維持できて一定の時間内に終わることができるのかという点も重要でした。幸いSTNet様は通信環境が良好で、みんなで転送したら思いのほか速かったことが印象に残っています。
人材育成では、今回参画いただいた方はもともと技術者なだけあって筋がよかったです。
お一人はクラウドについての経験がないだけでインフラやネットワークの知識が豊富でした。ネットワークにつながるかつながらないかのハードルは大変高いですが、初期の段階でスムーズに乗り越えられていました。
もうお一人は数学感がある方で、データを見るうちにスキルが上がっていったと思います。
西山:今回参画したメンバーはインフラ・ネットワーク関連出身のメンバーと業務システム開発、アプリケーション開発のメンバーの2名でした。それぞれ得意分野を活かし、相互補完しながら取り組みが進められたのではないでしょうか。
新しい手法も積極的に試行しながらチーム全体で分析
西山:こちらはデータ分析に関する一連のプロセスを示したものです。実際の分析テーマを元にプロセスを一巡させました。
下段のレイヤーとなる基盤構築やデータモデリング設計に関するデータエンジニアリングの技術から、ビジネス寄りの業務課題の抽出技法、分析テーマの抽出までの一連のプロセスまでJDSCさんに支援いただき、各レイヤーにおける技術やノウハウを当社メンバーに注入いただきました。
ここで今回実施した分析のアプローチを振り返りたいと思います。
まず、個人向け通信事業の事業システムのデータ構造の理解です。データを抽出し、弊社のプライベートクラウド上でクレンジング処理を実施しました。光、モバイルそれぞれのお客様の同一人物の名寄せ、サービス間での名寄せを実施し、マスキング処理を施したうえでグーグルクラウドへデータを移送します。
次に、分析用のデータウエアハウスやデータマートをプライベートクラウドとパブリッククラウド双方に構築し、データウエアハウスに格納したデータを用いて各テーマに対する分析を進めます。
分析作業はモブプログラミングという比較的新しい開発手法を試行しました。モブプログラミングは複数人のメンバーが1台のコンピューターの前に座って協力しながら課題を解決していくものです。
これはJDSCさんのデータサイエンティストと弊社のメンバーの知識の差を埋める試みでもありました。その場で助言をいただきながら分析用のコードを書いたり知識を共有したりすることで分析の属人性を下げることができました。コードレビューの時間の短縮やチームの一体感醸成にもつながりました。
分析、示唆出しでは集中して取り組めるよう合宿を開催し、データからの示唆出し、施策・仮説の立案も実地で経験することができました。この合宿には弊社経営陣も参加しました。経営観点でのインプットを加えることで、経営側の意志を理解することの重要性、事業と経営の意志を理解し、真に企業価値向上に資する示唆を出すことができることも学びました。チーム全体でディスカッションすることでデータ分析文化の醸成にもつながることを実感しました。
吉井:橋本さん、今回のプロジェクトを振り返っていかがですか?
橋本:営業部、事業部の皆さんがデータを見るにあたって丁寧にサポートしていただいたり、会議に参加してくださったりしたことが印象的です。営業担当者の「いつもここを見ています」という話からデータ分析を検討できたので発展的でした。
また、プログラミングやデータ分析は一人で集中して開発、分析した方がよいこともあるのですが、目が多いと不具合を見つけたり違うアイディアが出てきたりするので、意外と複数人で集まって行うことにもメリットがあると感じました。
吉本:営業部門としてももともとデータを活用したいという思いがありましたので、タイミングがよかったのかもしれませんね。
西山:こちらは分析内容を具体化したものです。
主にデータ分析スキルの習得におけるJDSCさんの伴走支援の中では、個人向け通信事業における業務課題に基づいて、顧客情報に関する分析テーマを設定しました。こちらは現在進行形で事業部門と共同で進めている最中です。
今回のプロジェクトはアジャイル開発で用いられるスクラムの概念を取り入れています。弊社では親会社のシステム構築案件に適用されるウォーターフォール型のシステム開発が主流です。今回のメンバーもアジャイル開発のプロセスはなじみがなかったため、スクラムマスターの役割を輪番制で体験するなど、アジャイル開発におけるプロジェクト運営や、データ分析プロジェクトを推進していくためのノウハウを注入していただきました。
分析においてはモブプログラミングを取り入れることで、短期間でスキルを習得する効果を得られたと実感しています。
各領域でデータ活用のノウハウを獲得
西山:データ分析人材育成の取り組み前後の姿をまとめたものです。JDSCさんの伴走支援を通してデータ活用で必要となる各領域についてノウハウをトランスファーしていただきました。
データ分析に関する一連のプロセスを実地で経験することによって、プロジェクトマネジメントの領域についてはデータ分析プロジェクトの運営方法を会得し、アジャイル開発体制でのプロジェクト推進を自走できるようになりました。
ビジネス領域においては、業務知識や経験に基づく部分が大部分を占めコンサル能力も問われる領域のため、まだ自走できる状態にはありません。今後より強化を図る必要があると考えています。
データサイエンスの領域については、データの前処理のテクニックやデータウエアハウスの設計、テーマにあった分析手法を実践したことで、基本的な分析は自走できるようになりました。今後はいろいろな分析テーマへの取り組みを通してスキルを高めていきたいと思います。
データエンジニアリングの領域につきましては、ハイブリッド型の基盤構築を経験することによって簡易的なデータ分析基盤の構築は実施できるレベルに近づいております。実践の場として、親会社向けのデータ分析基盤の構築やデータ活用支援を通してスキルを高めているところです。
新事業を見据えてビジネスアーキテクト人材を育成したい
吉本:今後は新たな事業として、データ分析事業の開拓を進めていきたいと考えております。そのために必要となるデータ分析人材の育成を進めていきたいと思います。
データ分析の中では見つける力、解く力、使っていただく力が必要ですが、中でも「見つける力」「使っていただく力」を発揮し、デジタルとビジネスをつなぐビジネスアーキテクト人材を育成したいと思っております。
また、複数のクラウドを組み合わせたハイブリッドクラウド、マルチクラウドに対応できるような技術とノウハウの獲得、そして大量のデータを処理できるGPUサーバのニーズ対応を進めたいと思います。
吉井:ありがとうございます。今後も電力や水道といったセンシティブなデータを活用することで多様なビジネスにつなげ、四国を盛り上げていくことができればと思います。本日はありがとうございました。
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■株式会社STNet 上席理事 経営企画室長
吉本 浩二 氏
1993 年に四国電力株式会社に入社。2007 年に株式会社STNet へ出向し、現在、経営企画室の室長として、中期戦略や事業計画の策定や既存事業の強化、新規事業の開発、新技術の研究開発などに従事。
■株式会社STNet 経営企画室 新規事業開発部長
西山 賢 氏
1992 年に株式会社STNetに入社。主にシステム開発(電力、ガス、小売、金融、旅行業他)や研究開発(AI・IoT・ビッグデータ活用)業務に従事。2022年より新規事業開発を担当。
■株式会社JDSC 取締役
吉井 勇人
■株式会社JDSC Technical Co-Founder
橋本 圭輔
文/大貫翔子
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