【キリンビバレッジ株式会社 掛林正人様インタビュー】需要予測AIと数理最適化技術で、メーカーから小売までを巻き込んだ物流平準化を実現

キリンビバレッジ様とのお付き合いは、JDSCがdemand insight®を活用し、需要予測やコンテナ組最適化によって成果創出をしてきた複数の取り組みについてご評価いただき、キリンビバレッジ様が取り組まれている物流の平準化・最適化に使えるのではないかと2023年にお声がけいただいたところから始まりました。また業界は異なりますが、多くの企業を巻き込んだ「コンソーシアム」の事例についてもご評価をいただいたと認識しています。今回は、プロジェクトを担当された掛林様とともに、2年間の歩みを振り返ります。
本記事の登場人物

左から順に)
■掛林正人氏
キリンビバレッジ株式会社 執行役員 SCM部長(インタビュー時)
※2025年3月28日より、キリングループロジスティクス株式会社 常務執行役員 物流管理部長 兼 輸配送戦略部長
■須笠原美穂
株式会社JDSC DXソリューション事業部
■黒田洋輔
株式会社JDSC DXソリューション事業部 ディレクター
■冨長裕久(ファシリテーター)
株式会社JDSC 執行役員
物流危機を逆手に取った物流の平準化プロジェクト
冨長:はじめに、今回のプロジェクトの背景を改めてお聞かせいただけますでしょうか。
掛林:飲料業界は物量の変動が極めて大きく、先々を考えると課題は山積しています。もともと当社では、2024年問題でのトラックドライバーの労働時間規制や人手不足を踏まえ、積載率の向上などに取り組んでおりましたが、メーカーとしてのオペレーションしかできず、卸や小売店などサプライチェーン全体での物流まではコントロールできません。発注担当者が欠品を怖れて需要予測の1.5倍、2倍の物流の波動が生じることがあるのですが、店舗での実際の売上に近いかたちで、できる限り発注量を平準化したいと考えておりました。
冨長:小売りの需要変動が卸・メーカーと伝わるにつれて物流の波動が大きくなるという「ブルウィップ効果」は、サプライチェーンにおける永遠の課題ですよね。物流危機を逆手に取り、平準化や他社との連携に広げていったと認識していますが、2年間のプロジェクトの中でJDSCはどのような役割を担っていたのでしょうか。
黒田:大きく三点あります。まずはこの壮大なシステムのデザインです。誰もやったことがないようなシステムなので、物流の平準化達成に向けたシステム化の選択肢を複数構想し、どこまで実装するのか、スコープ決めや要件定義を具体的に行っていきました。
二つ目は、小売り、卸、メーカーのサプライチェーンを平準化するという大きなビジョンの中で、どことどこのデータがつながってメーカー側の需要予測や発注のロジックに取り入れられるかという、内部のデザインです。複数社のデータ連携の方法と範囲について、ビジネスの目的や保持しているデータの実際、運用の複雑性を考慮しながらグランドデザインを提案しました。
三点目は、運用のデザインです。JDSCのデータサイエンティストとエンジニアが一体となって、平準化のアルゴリズムとデータ連携および物流可視化を実装するなど、モノづくりを進めてきました。

世の中への新たな価値創造という極めて難易度の高い中で、一緒にチャレンジできた
冨長:JDSCにはAIを活用した解決を期待されていたと思いますが、どのタイミングでシステム構築を担当する会社をプロジェクトに入れようか迷いもあったのではないかと思います。構想に柔軟性がある段階でAIの会社がプロジェクトに参画することについては、どのような印象を受けましたか?
掛林:demand insight®を紹介いただいたときは、ゼロから作り上げるのではなくベースのものがあるのであれば、カスタマイズした方がスピード感をもって進められてお互いにメリットがありそうだと感じました。AIという観点で強みとなる知見をお持ちの会社という点で魅力を感じましたし、大手企業との変革実績が豊富にあるので安心感にもつながりました。世の中に新しい価値を提供していくプロジェクトですから、極めて難易度が高く失敗のリスクもあります。そのような中で、「一緒にチャレンジさせてください」と言っていただけてうれしかったです。

冨長:最もチャレンジングだと感じたのはどの点でしょうか。
掛林:個社向けの開発はこれまでもやっていましたが、今回は他社を含む企業間の連携が平準化達成のための重要なコンセプトでした。当社以外の企業がプロジェクトにどのような価値を見いだすのか未知数で、社会的価値と経済的価値の両立という点で、社内合意が難しい部分がありました。
通常であれば具体的な形をある程度決めてからシステム開発を実施するところ、今回はまったく新しい取り組みであり、実現可能性が分からないとビジネスの構想が定まらないという、「鶏と卵」のようなジレンマがあったわけです。その点、JDSCさんが需要予測などのAIアルゴリズムに知見を持つだけでなく、ビジネスインパクトをいかに創出するのかの戦術まで検討いただけたことは、鶏と卵の関係を打破するにあたり非常に有効でした。
冨長:おっしゃる通り、ビジネスとして成立させるために仮説を立てて検証する必要がありました。どのようにビジネスインパクトの検証を行ったのですか?
黒田:ビジネスインパクトの検討では幾つかの仮定を置き、初期段階から提供できる付加価値は何か、それを前提とすると、卸さん、小売りさんを何社巻き込めるのか、複数のパターンを試算しながら収支のシミュレーションを実施しました。
途中での大胆なシナリオ変更と、プロジェクトの推進を支えた早期のユーザー検証
冨長:実際にプロジェクトを一蓮托生で進めていくにあたり、JDSCへどのような感想を持ちましたか?
掛林:当社からは卸さんへの納品が最も多いので、卸さんへのアプローチを進めていたのですが、難易度が高く導入への障壁がなかなかクリアできませんでした。そこでシナリオを大胆に変更し、キリンビバレッジが需要予測や在庫補充を直接行っているVMI(Vendor Managed Inventory)拠点で使えるものを作ることになりました。経営陣に対しては、システム開発は卸さんや小売りさんだけでなく、我々も活用してメリットがあるものだと訴求することができました。当初の想定とは異なる進め方になりましたが、柔軟に対応してもらえたのでスピード感をもって進められました。
須笠原:私はシステムの設計者・開発者という立場ですが、実際に使っていただいて意味のある結果を出すために、システムの利用ユーザーになっていただける方とお会いできて、生の声を聞けるのが本当にうれしかったです。発注の画面や在庫の話など、直接質問をいただけたことで我々も業務理解が進みましたし、お客様にもシステムの意義をお伝えできたと思います。

冨長:プロジェクトメンバーとのコミュニケーションはしやすいと感じましたか?
掛林:お世辞抜きで、JDSCさんは最高の人たちでした。皆さん頑張りすぎて心配になってしまうほどです。
冨長:キリンビバレッジ様が自社でシステムを利用していることで、他社さんにお話する際にスムーズに伝えやすくなった効果はあったのでしょうか。シミュレーションの使い勝手についても良かった点・悪かった点がありましたらお聞かせください。
掛林:自社で使っているシステムだからと自信をもってプレゼンできたので、逆にVMI拠点からのスタートになって良かったと思います。JDSCさんはユーザー視点に立って、想像していなかった部分まで提案してくださいました。これまでの経験も生かして業務をイメージした上で、機能を搭載してもらっていたと思います。
冨長:実現性の確認という意味では技術面では実際のデータをお預かりしてコンセプト確認(Proof of Concept:PoC)を実施しています。物流平準化に向けて、どのようなPoCを実施してきたか、意識していた点を含めて振り返りをお願いします。

須笠原:出荷予測や平準化に関する精度検証は、データサイエンティストと黒田が実施していたので、私の方ではユーザー検証という、実際の業務担当の方々と、日常業務と並行して実データを用いた導入検証を行いました。日次の発注内容の確認などシンプルなシステムから設計したのですが、現場での運用効率や不足している機能など、どこが足りないのかがすぐに分かるので、システムの機能を強化することができました。
冨長:プロジェクトを振り返って、特に大変だったと感じる点はありますか?
掛林:やはり初期段階が一番大変でしたね。完璧なものはない中で、お互いが共通認識を持つまでは動き方が分からないというか、あまりオーダーしすぎてもいけないという遠慮があったかもしれません。早期に初期版のプロダクトのユーザー検証を行えるように手はずを整えていただけたことで、具体的な業務フローをもとにシステムのイメージが共有できるようになってきました。実際に業務をしている担当者からすると、自分がやっている実績ベースとPoCの結果の乖離に思うところはあったでしょうが、そこは相互にイメージを共有していくことで解消できたと思います。
冨長:ポイントを見定めて確認してくださったからこそ社内の理解が広がりましたし、当社側の理解も深まりました。
直近ではグループ内物流に関するご相談もいただいております。また、掛林様は今春に新しくキリングループロジスティクスの常務執行役員にご就任されました。グループとしての物流やITの活用についての今後の展望をお聞かせいただけますか?
掛林:今回のプロジェクトでは輸送の平準化という取り組みをキリンビバレッジの立場で進めてきましたが、今度はキリングループの物流管理、輸配送、拠点ネットワークまで統括することになります。キリングループロジスティクスには4月から物流DX推進部が立ち上がります。JDSCさんのように強みを持っている会社と連携して、今回のような仕組みを今度はグループ全体に拡げたいと思います。
冨長:サプライチェーンはステークホルダーが多いですし、商品が消費者に届くまで多くの人の手が介在します。全体最適を目指すのはどの1社でも難しいテーマだと思います。そのテーマに多くの企業にお声がけしながら取り組んでいくというキリングループ様が描いているビジョンは当社としても共感する部分ですので、このように仲間に入れていただけたことに感謝しています。今後ともよろしくお願いいたします。

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